沖縄そばの日に嘉数高台公園からみる普天間飛行場?
今日10月17日は「沖縄そばの日」だそうです。1978年10月17日に公正取引協議会「生めん類の表示に関する公正競争施行規則」別表に「本場 沖縄そば」と表示され、沖縄県内で生産され、仕上げに油処理を行うことなどいくつかの条件の下に特殊名称としての使用が許可され、これを記念して10月17日は「沖縄そばの日」とされているそうです。
さて、そんな「沖縄そばの日」の秋晴れ今日、きっと夕日がきれいであろうと思い、宜野湾市嘉数にある嘉数高台公園に行ってみました。
はじめて足を運んだのですが、素晴らしい絶景で宜野湾市が一望できます。晴れている昼間であれば慶良間や残波岬まで見えるそうです。
しかし、この嘉数高台は第二次大戦中激戦地となった場所だそうです。
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以下、概要に書かれていた内容です。
嘉数高地は、第2次世界大戦中に作戦名称第70高地と命名され、藤岡中将の率いる第62師団独立混成旅団、第13大隊原大佐の陣頭指揮で、約千人の将兵と約千人の防衛隊で編成された精鋭部と、作戦上自然の要塞の上に堅固な陣地構築がなされたため16日間も一進一退の死闘が展開されたが、遂に日本軍は矢尽き刃折れ後退したが、しかし米軍にとっては『死の罠』「いまわしい丘」だと恐れられた程に両軍ともに多くの尊い人命を失った激戦地である。この嘉数高地70高地は、旧日露戦争の203高地に値する第2次世界大戦の歴史の上に永代に残る戦跡である。
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今、この地から見る沖縄の景観からはとても想像のできない場所だった一つです。
この高台からは普天間飛行場が正面に見えます。
そして、今なおこの嘉数高台のすぐ横を米軍の飛行機が横を通り過ぎます・・・。
ちなみに普天間飛行場(ふてんまひこうじょう、Marine Corps Air Station Futenma)は、沖縄県宜野湾市に立地するアメリカ海兵隊の飛行場です。、2,700mの滑走路を持ち、嘉手納基地と並ぶ沖縄における米軍の拠点であり、その面積は約4.8平方kmです。これは宜野湾市の面積(19.5平方Km)の約25%にあたり、東京ドーム100個分という広さです。そして、現在でも、普天間飛行場が占める土地のうち、およそ9/10は私有地で、年間61億円を超える賃借料が地主に支払われているというこの現実知っていましたか?




